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鍼灸で夢と希望を

兵庫県芦屋市の針灸専門治療院。JR芦屋駅より徒歩4分のSORA鍼灸院です。

読書の秋



センス・オブ・ワンダー 単行本 – 1996/7
レイチェル・L. カーソン (著), Rachel L. Carson (原著), 上遠 恵子 (翻訳)
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読書の秋ということで、好きな本のご紹介です。
"The Sense of Wonder" 訳せば、「神秘さや不思議さに目を見はる感性」です。
特に、子どもと接する機会がある方には、おすすめです。

私(院長)は、もともと大学では農学部の専攻でした。
特にこれが勉強したい、ということで選択したわけではありませんが、ただ漠然と自然が好きで、虫も好きで、自然環境問題にも興味があり、その進路を選びました。
その環境問題を語る上で外せないのは、このレイチェル・カーソンではないでしょうか。
著者は知らなくとも、「Silent Spring (沈黙の春)」はご存知かもしれません。
「環境汚染にいち早く警鐘を鳴らした書」として紹介されています。

そのレイチェルの遺作として、友人らにより出版されたものがこの本です。
(これは翻訳本ですが、原本もあります。



こちらも写真が綺麗で、英語も読みやすく、おすすめです。)

昔読んでいたかもしれませんが、今、子どもができて読むと、さらに心に響くものがあります。
純真な子どもといると、その好奇心に、感心することがあります。
大人は気にも留めないようなことにも、目が向きます。

例えば、雨の日となれば大人には面倒で億劫なことのように思えますが、子どもにとっては楽しみに変わります。
いつもと違う長靴を履いたり、傘をさしたり、雨音や水たまりが嬉しかったり。
雨の雫が顔に当たればもう大興奮だったりします。
本書にも、「雨の日は、森を歩きまわるのにはうってつけだ」とあります。

大人になると、そんな
「澄みきった洞察力や、美しいもの、畏敬すべきものへの直感力」
が鈍っていることに気づきます。

「そんな生まれつきそなわっている子どもの「センス・オブ・ワンダー」をいつも新鮮にたもちつづけるには、わたしたちが住んでいる世界のよろこび、感激、神秘などを子どもといっしょに再発見し、感動を分かち合ってくれる大人が、すくなくともひとり、そばにいる必要があります。」

「どのように子どもを教育すべきか頭をなやませている親にとっても、「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではない」

「消化する能力がまだそなわっていない子どもに、事実をうのみにさせるよりも、むしろ子どもが知りたがるような道を切りひらいてやることのほうがどんなにたいせつであるかわかりません。」

「子どもといっしょに自然を探検するということは、まわりにあるすべてのものに対するあなた自身の感受性にみがきをかけるということです。それは、しばらくつかっていなかった感覚の回路をひらくこと、つまり、あなたの目、耳、鼻、指先のつかいかたをもう一度学び直すことなのです。」

などなど。

親としても、鍼灸師としても、とても参考になる一冊です。

カテゴリー:  / SORA鍼灸院 芦屋
 
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[ 2016/10/22 13:45 ] | TB(0) | CM(0)

幸せになるために




幸せになる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教えII
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 アドラー心理学を説いたベストセラー「嫌われる勇気」の続編です。前回に引き続き、アドラーの教えがわかりやすく頭に入ってきました。いくつかアドラー本を読みあさりましたが、この2作は具体的な例もあってより理解を深めます。多くの人に読まれる理由もわかる気がします。一度読んだところで全て記憶には残らないので、機を見て何度も読み返したいと思います。

 今回は教員になった青年との対話なので、特に「教育」について説かれています。ということは、これもまた「子育て」に大いに役立ちます。(元々アドラーは、児童相談所を設立し、子どもの教育のための活動も精力的に行われていました。→アドラーの子育て論) 子供のためといっても、子は親の鏡であるように、結局、自分を省みることになります。

 アドラーの考えだと、多くの問題が、周りの人や事象ではなく、自分にかかっていると思われます。まわりに不満が出てしまうときも、自分に不足があるからのように感じます。自分を見つめ直し、いかに自分とまわりを変えていくことができるか、まさにその「勇気」が試されてきます。

 教育においても、子育てにおいても、はたまた治療においても、「自立」という目標の奥深さを考えさせられました。

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[ 2016/05/24 17:57 ] | TB(0) | CM(0)

驚かされました




「驚きの皮膚」 傳田光洋 (講談社)
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 昨年末に後輩から教えてもらい、じっくり読み進めていた本です。皮膚の研究者傳田さんの新書でした。今回もとてもとても面白かったです。

 本書にも書かれているように、皮膚科学研究者としての「皮膚について」は、今までの著書でも詳しく書かれていました(皮膚の構造、触覚だけでなく驚くべき多様な感覚を持っているということなど)。新しい知見も書き足されて、ますます私たちの皮膚をターゲットとする鍼灸治療の可能性を感じました。今までなおざりにされていた「皮膚」という臓器の研究によって、より科学的に鍼灸の効果が証明されていくと期待します。

 さらに、今回は「システム」について深く考えられています。それは身体と環境の境界である皮膚の身体内外の「システム」から、人類の自己意識や社会性の形成についての「システム」まで、非常に幅広く考察されています。むしろこちらに重きを置かれているようです。

 第一部に 「境界に存在する知能」 とありますが、例もわかりやすいものでした。ロボットのようなものも、脳に相当する電子頭脳は必ずしも必要ないということです。最近よくある自動掃除ロボットも、脳のようなもので部屋全体を認識して掃除するわけではなく、目の前の障害物に対応するセンサーさえあれば、その役目を果たすことができます。確かにゾウリムシのように脳を持たない単細胞生物も、細胞膜と繊毛でさまざまな判断と行動を行なっています。そう考えると、人の皮膚にも、そういう機能があっても何ら不思議はありません。まさに皮膚は、「境界に存在する知能」なのです。私たちが反応点を診るときのように言葉や機械では表せない感覚(いつかは表せるかもしれませんが)にも、通じるものを感じました。

 さらに、その脳と皮膚の組織機能が、「もっと大きく複雑な機構、たとえば企業などの組織についても、同じこと」とあります。取締役会のような中枢がいわば「脳」、現場で働く営業マンや販売員が「皮膚」に例えられます。大企業のように組織が複雑になれば全体を統括する「脳」も必要ですが、瞬時な判断と対応は、「皮膚」で行われる必要があります。「脳」の指令を待っていては、手遅れということもあります。また「脳」がだまされやすいということも、想像できます。「皮膚」感覚の重要性をさらに物語っています。

 その辺もふまえて、「皮膚の見えざる能力」、「皮膚とこころ」などと続いて、その後は、「システムと個人のこれから」、「芸術と科学について」にまで及び書かれています。このあたりは、理系の私には難しいところもありました。著者は理系の出身でありながら、文系の頭も持ちつつ、とても尊敬します。

 そして本書を読み終えたあと、さらに驚きが待っていました。それは後輩が、「触覚について詳細に語られている本なのに、表紙の手触りがなんか嫌でした」ということを言っていて、その時はなるほど確かにと思っていました。それで気になって、表紙をはがしてみたらそこにはなんと・・・、それは本を実際に手に取られた方のお楽しみということで。

 おすすめです。(電子書籍はおすすめしません)


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[ 2016/02/06 18:36 ] | TB(0) | CM(0)

アドラー心理学




嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え


 今年は「哲学」を勉強しよう(「はじめての哲学」)ということで、これもまた患者さんに教えて頂いた本です。ベストセラー作品のようでしたが、知りませんでした。(最近本屋で本を探すことも少なくなりました。)

 フロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想がまとめられています。心理学とありますが、本書も哲学者と青年の対談形式であるように、人類の根源的な疑問を説かれていることから、「哲学」とも言えるでしょう。

 このアドラーですが、著書をあまり残さなかったり(論文はあるようです)、弟子を作らなかったりと、あまり知られていませんでした(知りませんでした)。ところが多くの有名な心理学者(デール・カーネギー、スティーブン・コヴィー)や多くの啓蒙本は、このアドラーの思想に影響を受けているそうで、人間理解の真理、また到達点として受け入れられているようです。

 内容は実際に読んでいただきたいのですが、思いを改めようと感心することも多かったです。タイトル名よりもっと印象に残ることがありました。結論だけ聞けば、よく耳にするフレーズもあります。「世界はどこまでもシンプルである」とか、「全ての悩みは対人関係」とか、「いま、ここを生きる」とか。それがなぜ?なのか突き詰め考えていくと面白いものです。個人的には子育てにも大いに役立ちそうで実践していきたいです。褒めて育てるのがいいのか?叱って育てるのがいいのか?根底的なところを考えればどちらも浅はかなものだと思わせられます。

 全てが受け入れられなくとも、この思想が広まれば、世の中良くなりそうに思います。しかも現代に通用しそうなことが20世紀初頭から考えられていたということも興味深いです。このアドラーについてもっと理解を深めていきたいと思います。

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[ 2015/06/16 09:32 ] | TB(0) | CM(0)

虫の季節に

 昨日は啓蟄ということで。



昆虫はすごい (光文社新書)


 いろんな虫の生き様が紹介されています。その虫の写真も載せてくれていることが多く、よりイメージがしやすいです。著者の巧みな表現力もあって、「へぇ~」と何度と声に出したことでしょう。まだまだ知らないことも多かったです。

 内容とは逸れますが、やはり専門家のお話は興味深いですね。この著者は虫の中でもアリを専門とされているらしく、アリについての記述がさらにマニアックなこと。専門分野だからこそ、より詳しく、そしてまた気づきも多いのでしょう。それがとても魅力に思いました。

 鍼灸師も、鍼とお灸(皮膚刺激)の専門家と言えるでしょう。何でもできるより、鍼灸専門であらなければと思います。全身を診れるという価値もありますが、その見所(症状や疾患)や行為(施術の技術や知識)を極めていくことも、専門性を高める上では大切だと思いました。

追記:
 投稿してから気付いたのですが、この記事番号が、643(むしさん)でした。なんとタイムリーでしょう。

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[ 2015/03/07 13:21 ] | TB(0) | CM(0)

からだにいい食べ物とは?

 私たちは治療する上で、「食生活」については、あまり細かく要求しません。決して「食」や「栄養学」に無頓着ではなく、むしろその情報に対してアンテナは張っているほうだと思います。それでも人に指導をしないのは、「食」の身体に対する影響は複雑であり、人それぞれでもあるからです。単純に食べたものの「栄養分」だけが、身体に影響を与えるわけではないからです。「食成分」に振り回されて欲しくない。その考えは、アトピーで苦労した副院長の経験からもあります。

 「これを食べたらからだに悪い」という話はよく聞きます。それも大抵は量や程度の問題であって、行き過ぎた拒否反応はストレスになって、むしろそっちの方が身体に悪さすることでしょう。トランス脂肪酸であったり、人工甘味料であったり、食品添加物であったり。それらのおかげで、便利で豊かな食生活が楽しめていることも事実なんです。

 そんな私たちの主張とよく合致するのが、この1冊。考え方がとても柔軟で、でも論理がしっかりされていて、好きな先生の一人です。



食べ物のことはからだに訊け!: 健康情報にだまされるな (ちくま新書)

 特にネットで氾濫している「トンデモ」情報に対しても、鋭く説かれています。情報が簡単に入ってくる分、何が正しくて、何が間違っているのか、わからないことも多いと思います。そんな玉石混交の情報の見極め方にも参考になります。

 よく知っていることも多かったのですが、今回一つ印象に残ったのは、「感謝して食べる」ということ。当たり前のようで、つい忘れがちになっていると思いませんか?食べ物に対してももちろんですし、その調理者や生産者、製造者の方に対しても。この気持ちがあれば、いいの悪いのと、選り好みすることも減り、もう少し丁寧に食べられるのではないかと思います。それは精神衛生上にも良く、つまりは身体にとってもいいことではないかと思います。

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[ 2015/02/20 10:14 ] | TB(0) | CM(0)

はじめての哲学

 私たちより人生経験、知識や教養、発想も豊かな患者さんも多く、施術中のお話しもとても為になります。その分野も多岐に渡り、医学、心理学、文学、物理学、文化や芸術、子育てにまで。さらにそれら色々突き詰めていくと、「哲学」に及ぶことも教えて頂きました。そしてその「哲学」について学び始めています。



はじめて哲学する本


 その入門書として教えて頂いた本もあるのですが、さらにわかりやすく書かれていたこの本を、図書館の児童書のコーナーで見つけました。子供向けに書かれているのでとにかく読みやすく、身近な題材から哲学もおもしろく感じることができます。

 例えば、「学校ではなぜ掃除機で掃除しないの?」という疑問から話は派生して、「トレードオフ問題」(あっちを立てれば、こっちが立たない)とか、「クリティカル・シンキング」(ものごとの本質を見極めようとする「複眼思考」)とか、「安全・便利な社会」の落とし穴について説かれていきます。

 「なぜ?」、「どうして?」と疑問を持ち、考えることから哲学も始まります。もうすぐ娘にもはじまる「なぜ?」(今は「なに?」がはじまっています)に対しても、すぐに答えを与えるのではなく、「考える」楽しみを伝えることができればと思います。

カテゴリー:  / SORA鍼灸院 芦屋
 
[ 2015/02/12 14:18 ] | TB(0) | CM(0)

基準値を「考える」



基準値のからくり (ブルーバックス)


 健康診断をすると、検査値が出てきます。自覚症状とは別に、客観的に身体の状態を教えてくれる便利なものです。基準値と比べることで、他者との比較も行なえます。

 しかし、そもそもその基準値は、どのように設定されているのか?そのからくりを一部わかりやすく教えてくれています。

 具体的な基準値の内容は、「へー」と思うことも多かったです。(食の安全は、食文化が大きく関係していることなど。) その中でも、一番印象に残ったのは、アメリカの衛生工学者ウィリアム・セジィック氏の言葉。

 「基準というものは、考えるという行為を遠ざけてしまう格好の道具である」

 基準値(正常値)に入っていれば安心し、外れれば不安にかられる。しかしその基準値が本当に、「安全」を約束してくれているのか?もちろん例外もあれば、個人差などもあります。あくまで統計上の平均値であって、その人(モノ)にとっては、正常ではないこともあります。(そもそも安心とか安全とか正常という基準も、人によって違ってきます。)

 となると、結局最終的には、その個々で、その時々で、「考える」ということを忘れてはならないのでしょう。(それには「基準値」というものがどのように決められているのか、知っておくこともいいのでしょう。)

カテゴリー:  / SORA鍼灸院 芦屋
 
[ 2014/11/14 10:44 ] | TB(0) | CM(0)
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